グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

認証待ち
2011年3月号 国際文化学部 D.H

オリエンテーションについて

中国に来てからというもの、日本語を話せる人は日本人以外一人も見たことがなく、龍谷からの留学生の担当者も日本語は話せません。英語は話せるようです。因みに、授業形式のようなオリエンテーションはなく、常に1対1で、自分からの情報収集という感じなので、同じ龍谷からの留学生が「口座に奨学金が入金されていない」と教えてくれなければ、恐らく半年は奨学金を貰っていないことに気が付かなかったと思います。入学手続きに関しては「何時にそこに来てくれ」という告知が書かれた紙を日にち別に貰えるので、その通りにしていれば問題はないと思います。銀行の口座を作る際には、「レンギ会」という日本からの留学生をサポートしてくれる団体があるので、そこにお世話になりました。交渉や手続きなどの真剣な場は自分でやるようにしていますが、最初の日、1日80元取られる部屋に通され、そこで床に就いた時、タクシーに置いて来たトランクや、部屋を替えるための交渉、入学の手続きや携帯の購入、銀行口座の開設など、目の前に山積みにされた問題に対して覚悟を決めていた時と比べると、レンギ会はその存在だけでかなり心強いです。 

環境について

先ずは留学生の寮についてなのですが、この部屋割りは大きく運に左右されます。僕は中国に来てからは、日本にいた時と比べると明かに運が良くなっているので、到着予定日の日は別の場所で泊まっていたせいか、決められていた部屋が直前に変更され、普通よりも3畳程広い部屋に通されました。ルームメイトも30歳程のベトナム人で、どちらも謙虚さを持って接するので、相性は良く、ある程度は快適に過ごせます。ちなみに宿泊費のかかる一人部屋には、二人部屋と同じく机、布団とベッド、タンスの他、テレビ、シャワー、トイレ、週2回の掃除のサービス、オートロックの鍵、金庫があったのを覚えています。二人部屋の場合は、トイレ、シャワーは共同で、洗濯機はどちらも階ごとに部屋の外にあります。部屋に入る時に寮の説明が書かれた冊子が手渡されるので、これを読んでおけば大丈夫だと思います。これと最低、商店の場所さえ分かっていれば、中国語が全く出来ずとも、最後の日まで何とか生きながらえることが出来ると思います。大体、商店での会話は、店員「袋」、自分「いらない」くらいのものです。学校の外のことは人との繋がりが広がっていけば自然に分かると思います。

 

タクシーにて

空港から大学へ向かうタクシーを利用する際、この留学が成功するかどうかの試金石として運賃交渉に挑戦しようと思っていたのですが、首都空港のタクシー乗り場は、よく日本の駅前で見られるように、タクシーが列になって道端に停まっている、という訳ではなく、乗客整理のために乗客が列になって次から次へと来るタクシーに誘導されて乗り込んでいく、という形式だったので、車外で交渉している時間はなく、僕は渋々乗り込みました。しかしまだ諦めていた訳ではなく、「中国人民大学までいくらかかりますか?」と聞くと、「80元位かな?」と返って来ました。日本にいた時、200元が相場で、去年龍谷から交換留学に行った人は450元もぼったくられたと聞いていたので、おかしいと思い、「空港から大学までは33キロです。いくらかかりますか?」と聞くと、さっきと同じ位の金額が返って来ました。更に詳しく聞くと、20キロまでは1キロにつき2元で、それ以上は1キロにつき2.5元かかるとのことでした。結局かかったのは96元です。タクシーから降りる際、事件が起こりました。タクシーの後ろにトランクを入れていたのですが、僕が降りた直後に別のお客さんが乗り込み、タクシーはそのままブロロロと行ってしまいました。まずトランクは戻って来ないなと思い、手持ちの鞄に手続きに必要な書類は全て入れていたので、諦めて留学生用の寮に行きました。かなり疲れていたので、ストンと眠りにつくと思っていたのですが、中々眠れずにいると、夜中の1時頃に電話が鳴りました。「下にタクシーが来ているから来てくれ」とのことでした。なんと、タクシーの運転手は僕のトランクを自分の物とはせずに、わざわざ持って来てくれたのでした。他の留学生達のタクシーの運転手の評価は、荒っぽくて何を言っているのか全く分からないと、あまり良くないのですが、僕が乗ったタクシーの運転手は温厚で、気を使ってくれたのか、辛うじて意識の疎通は出来ていました。その事を他の留学生に話すと、「この人は天使だ。俺もそんな経験をしたかった。」と言っていました。