グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

リバプール・ジョン・ムアーズ大学
2010年12−1月号 経済学部 S.Y

冬休みのこと

12月について

 

大学の授業はほとんど11月中に終わり、それから授業次第なのですが、12月上旬にコースワークの締切りだったりテストがあり、私の冬休みは12月9日から始まりました。

ほとんどの学生が実家に帰ったようで寮も年明けまで非常に静かでした。多くの留学生の人達はイギリス外に旅行に行っていたのですが、私の場合、寒い時期に遠出したくなかったのと物価の高いフィンランドに行く予定があったので、イギリス国内を旅行していました。この時期にはイギリスやヨーロッパの各地でクリスマスマーケットをやっており普段ないような出店が街の中心にあったり、クリスマスの飾り付けがなされたりしています。

 

 

そしてこの時期に、ほとんど回っていなかったイギリスの北部を旅行しました。ところが12月、ヨーロッパには歴史上稀にみる寒波が襲い、ロンドンやパリなどの多くの空港が大雪のため閉鎖になったり、普段はそこまで寒くならないリヴァプールが−15℃になったりして、多くの人々が風邪を引いたり、旅行者にトラブルが絶えない月となりました。こちらは雪にそこまで対策がないのか、雪が降り過ぎたときに多くの電車がキャンセルしたり、丸一日バスが動いていない日がありました。現にウェールズに旅行に行ったときに、目的地にいくためには途中からバスに乗らなくてはいけなかったのですが、バスが今日はやっていないと言われ、泣く泣く断念するしかありませんでした。他にも目的地に行く電車が動いておらず、行けないことがありました。スペインに行っていた友人も帰りの飛行機が予定日に飛ばなかったり、パリに出発できなかった友人もいるので、この時期に飛行機を使うのは得策と言えないと思います。

 

クリスマス前後はフィンランドに龍大から留学している友人の元でステイさせてもらいました。人生初の−20℃以下の環境は、この先の人生では味わうことはそうそうないだろうなぁと思います。ヘルシンキ、ロヴァニエミ、ヨヘンスと旅行しましたが、クリスマスシーズンということがあり24日以降はほとんどの店が閉まっていました。それでもサンタクロースの村に行ってサンタクロースに会ったり、サウナに入ったり、凍っている川の上を歩いたり、鼻毛と眉毛が凍ったりと日本やイギリスにいたらできない経験をいっぱいすることができたし、リラックスすることができました。途中オーロラを見ようと丘に上りに行ったのですが、世界一周中やヨーロッパ一周中の日本人の人達と一緒になり、様々な話を聞くこともできました。結局オーロラは見ることが出来なかったのですが、そういった日本人の方と仲良くなったりできたのもいい経験だと思いました。

そして26日の夜帰ってきたのですが、こちらは26日をボクシングデーといい、一切電車が動いていませんでした。それは知っていたので夜行バスに乗ろうとしたのですが、バスが2時間待っても何故か来ず、マンチェスター空港に野宿するはめになりました。(マンチェスター空港は24時間開いているので電車を待っている人が他にも多くいました)基本的にヨーロッパは24〜26日までほとんどの国がスーパーはやっていないし、電車もダイヤが大きく変わるので注意が必要です。

それから年末年始はロンドンで過ごしました。4時間以上寒空の下待つことになりましたが、ロンドンアイからのカウントダウンの花火は非常に綺麗でした。そして多くの人が帰るからか深夜の電車は全てタダで動いていました。想像していたよりもホステルに早く着けたのが幸いでした。ただこの時はどうやら外でお酒を飲んでよかったようで多くの人がお酒を飲んでいたし、それに相まって人ごみもすごく、真横で乱闘騒ぎが起こり、一部の友人がそれに巻き込まれかけて非常に怖い思いもしました。

1月

10日から授業が始まりました。7日にオリエンテーションがあるようなことを聞いていたのですが、どの留学生にもメールなどで連絡がこず、結局は後期から来る留学生向けのものだったようです。つまり留学生用のオリエンテーションなどは特になくスタートするので、授業が始まる前に後期に取る授業をちゃんと選んでおく必要があります。そして1月はこちらにきている日本人留学生にとっては寂しいものになるだろうと思います。それはこちらには日本から現在24人の交換留学生がきているのですが、龍大とは違い、1セメスターだけだったり、1年(2セメスター分)が選べる大学もあり、11人が1セメスターだけだったので多くの日本人の交換留学生が帰ってしまいます。現に私の一番仲の良かった日本人2人は後期の授業が始まる前に帰ってしまい、非常に寂しい思いをすることになりました。まだ全員が帰っているわけではないですが、ほとんどが1月下旬に帰ることが決定しており、私が仲の良かった日本人の人達はほとんどが1セメスターだけの人達だったので、今からでも寂しさは募るばかりです。8月についた当初は、1年という長さから終わりがあまり見えなかったのですが、間近で帰る友人たちをみて、自分に残された時間ももうほとんどないと実感し、もう帰ってしまった友人たちの分までこちらで頑張ろうと思いました。