① 治安、危険を感じたこと、トラブルについて
私の住むデュイスブルグはあまり治安が良くないと言われていますが、私自身は危険な体験をしたことがないのであまりピンときません。しかし日本のように24時間開いている店があまりないので灯りも少なく夜はかなり暗く感じます。夜は人通りも少ないので一人で出歩くのは不安です。寮や駅の近くにはホームレスや物乞いをする人などはいますが、ひとに危害を加えることはないと思います。住居付近には特に危険な場所はありませんが、デュイスブルグにも立ち寄らないほうが良いところもあります。例えば、大学の隣に動物園があります。その動物園の駐車場は、昼は普通の駐車場ですが、夜になると売春婦の商売場となります。詳しいことは分かりませんが、そこで女性らが自ら売春業を営み、それを求めて訪れる人々がいます。夜にその付近を歩いていると売春婦と間違われる可能性があるため女性は近づかないほうが良いと言われました。売春婦の中には若い女性も多く、彼女たちが何らかの事情でそのようなことをしなければならないのはとても辛いことだと感じました。
また、南ドイツに比べて多くはありませんが、デュイスブルグでも難民大量受け入れによる外国人排斥運動も行われているようなので用心は必要です。
② アウシュビッツ・ビルケナウ博物館への訪問・歴史認識について
長期休暇を利用してポーランドのアウシュビッツ・ビルケナウ博物館を訪れました。そこに訪れるのは今回で二度目でした。一度目は、アウシュビッツ博物館の公式ガイドである中谷剛氏に連絡をとりガイドをお願いしました。英語のオーディオガイドがありますが、博物館に行くことを考えている方は是非中谷氏と連絡をとってみることをお勧めします。博物館のガイドに加え、ユダヤ人迫害の歴史を「日本人」としてどう学ぶか、現代の歴史教育、歴史認識問題をどうとらえるかを考えさせられました。私が今の大学で歴史学について勉強しようと考えたのも前回アウシュビッツを訪れ、中谷氏のガイドを受けたことがきっかけでした。当時この場所で起こってしまった悲しい歴史について、同情的、悲観的になるのもふつうだと思いますが、それだけではもったいないので、歴史と言うものを今一度考え直すきっかけとなると良いと思います。
アウシュビッツ博物館への訪問と大学での授業、現地のドイツ人学生との交流のなかで日本とドイツの歴史に対する認識の違いを実感しました。例えば、学校での自国の歴史教育についてですが、私がいるノルトライン・ヴェストファーレン州では、日本の小・中・高等教育に相当する教育のすべての課程でナチズムについて学習することが義務づけられています。一方で、日本では、歴史教科書で「南京大虐殺」や「皇民化政策」の日本の加害状況について述べられているのは中等教育のごくわずかな項であり、それもなるべく客観的、学術的な知識のみです。私が出会ったドイツの学生は自国の歴史について本当に詳しく語れ、それについて意見を述べれるひとばかりです。ドイツの歴史教育を全面的に肯定するわけではありませんが、歴史教育では、事実を教えるだけでは不十分であり、日本の歴史教育には、その事実をどのように評価し、分析する姿勢が必要だと考えます。そこに日本の歴史教育の希薄さを感じました。