Center for the Promotion of Global Education

グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

バレンシア大学
2013年3月号 文学部 H.Y

・日本から持ってきたら良かったと思う物について

特に思いつきません、というのも日本から持ってこれるような薬や食品などに頼らなければいけない情況が今までのところなかったのと、細々とした必需品は日本で言う100円ショップのような店もあるので特に困ることもなかったからです。勿論これらには個人差があると思いますし、人によっては日本以外の商品はちょっと・・・・・・と考えたりするのではないでしょうか。ただまぁ住めば都と言いますか、そういった諸々は慣れていく内になんとかなる程度のものではないかと思っています。   これだけで終わるのは少し尺足らずなので、特に思いつかないと言った舌の根も乾かない内にどうかとは思いますが、やはり出来る事ならもう少し語彙を身につけて来たかったですね。勿論現地に来て行う学習に勝るものはないのですが、どちらかというと言い回し的な学習に重点を置かざるをえない情況な為に、どんどんと使わない語彙を失っていっているような気がします。来西当初より、変に色気を出さず簡単で基本的な文章で現地人と会話しようと心がけて来ましたが、やはり慣れてくると欲張りになるもので、つい周りに合わせた言い回しをすることに夢中になってしまい、元々完璧ではなかった語彙知識が薄くなり、結果として差し引きゼロで簡単な口語表現しかできない、という状態に帰結しているようです。こればかりは事前学習を怠った証と捉えるしかありません。とはいえ、まだ十分挽回は可能だと思いますがね。

 

・現地の学生、友人について

日本にいて元留学生や関係者から聞く海外学生の特徴といえば、よく質問をしディスカッションをし真面目に授業を受けるというのがある意味ステレオタイプだったのですが、実際のところはそういった学生が大半というわけではなかったり、不真面目な学生も割りと見受けられました。勿論特定地域における私個人の観察の範囲に限った話しでして、海外留学という言葉から多くの人が連想する米国あたりではまた違うのかもしれません。ただ授業後など空き時間にはよく授業について話しあったり、教授に質問に行ったり、参考書を読みまくっているという点はまさにその通りでした。ただそれを考慮に入れても、知識の幅は日本の学生と大きく違わない印象です。勿論、代返やノート屋に頼っているバカ学生はその層には含まれません。
ところで彼らの知識はどちらかというと政治面に偏っており、おそらく政治家による使途不明金など政治不信が根底にあるのでしょうが、やたら話題に政治を絡めたがるきらいがあります。これは日本を除くほぼ全世界的な傾向と云え、欧米人なら政治汚職と宗教関係、その他地域人は女性の人権問題と貧困といった具合です。別にそれが悪いわけではないんですが、普通の雑談にいつの間にか混じってしかもそれが延々と続くのは、それも基本的に不満といった類の感情を横で聞き続けるのは個人的に好みではないので、少し辟易しているのが現状であるといえます。政治に関心があるといえば聞こえはいいですが、これほど執念めいているというのはやはり伝統的に政治が安定していないからこそと言えますし、そういう意味では日本人が政治に無関心と(海外と比較して、の域を脱しないと私見ですが)言われるのは一方では良い徴なのではとも思えてきます。

 

・自由テーマ

ここバレンシアでは3月の中頃にlas fallasという祭りがあり、祭り用の巨大な人形を競わせて最後には燃やしてしまうというものです。その為休みが一週間ほどあったのですが、ここだけの話あまり興味がなかったので、前日までの展示会と初日のライトアップとイルミネーションだけを見て、知人たちと連れ立ってスペインの南、アフリカ大陸の北端にあるモロッコ王国に小旅行に行って来ました。伝統的なバレンシアのfallasを見るせっかくの機会だったのですが、まぁ人形を飾って燃やす以外はいつもの週末とやってることは変わりませんから(笑)
モロッコでは3日ほどMarrakechという街に滞在して、街中の遺跡や博物館を回ったり、現地ガイドを雇って観光スポットではない場所の案内や買い物のコツを教わったりしました。そこで分かったのはやはりお友達価格ならぬ旅行者価格、特に日本人は金払いがいいからカモなのか、歩いているとやたら声がかかってきました。まぁ大体無視したりヴェトナム人などを騙ってやはり無視しましたが。会って早々の一言「ありがとう」といった脈絡のない日本語知ってますアピールや、日本メーカーの羅列、どこで知ったのか漫才ネタ(これは後で聞くと、テレビでやっていたらしい)の連発は、少なくとも私には不快にしか感じられず、さらに客引きや乞食のしつこさも合わせてご機嫌という訳にはいきませんでした。まぁモロッコでは公用語がアラビア語(のモロッコ方言)とフランス語ですが、その他には地政学的要因から英語と同じくらいにはスペイン語が話されているため、スペイン語で値引き交渉して提示額の半額以下で商談を成立させることができたのでずっと不機嫌というわけでもありませんでしたが。

 

その後は現地ツアーを見つけ、彼のサハラ砂漠(の入り口)をラクダに乗って移動し、ベルベル人のキャンプで一晩を過ごしました。やはり砂漠なので不便なことは多くありましたが、それも含めて滅多にできない体験でした。スペインに帰ってきてからfallasの写真や動画などを観せてもらい、「あ、こりゃモロッコで正解だったな」と思えるくらいには。

ラクダ号と私
ラクダ号とボク

 

溢れるやる気(この後、二時間の旅程に股関節が限界に近づく)

溢れるやる気(この後、二時間の旅程に股関節が限界に近づく)

 

最後に、モロッコは物価が驚きの安さで、例えば1€で屋台の搾り立てオレンジジュースが3杯くらい飲めます。現地通貨はユーロではなくディルハムなので、いつも額面の数字に驚いて、後でユーロ計算して逆の意味に更に驚くを繰り返していたのは良い思い出です。