グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

チュラロンコン大学
2012年10-11月号 文学部 K.K

 

私は休暇中に観光などをしました。

長距離バスでお寺があるカンチャナブリ県のサイヨークに向かいました。数時間経ってもバス停に止まらず、大きな湖を横切り、山に入り郡を越え携帯の電波が届かなくなりました。GPSも使えず、完全に孤立した状態になりました。知らない土地で通信手段も使えずバンの降り方も分かりませんでしたが、乗客が一人バス停でない場所で降り、降りることは可能だと分かりました。引き続き乗っているとGPSも復帰し、バス停に止まりました。目的地は遥かに通り越していて、お寺に当日中に行くことは困難でした。引き返すための車がとまり私は車に乗りました。お寺があると思われる場所の近く、橋のそばにある宿を目指す事にしました。橋に近づき車を降りました。橋の手前で他の宿の物らしき看板が見えました。看板の矢印は林の中の道を指していました。橋を渡り、ホテルらしき場所に到着しましたが、閉まっているようで焦りました。川の遠く向こうの山に知らない寺のような建物が小さく見え、絵本に出て来そうな雰囲気でした。橋の辺りを引き返していると店のおばちゃんが「どこに行くのか?」と聞いてきました。私は「この辺に宿はないか?」と聞きましたが、知らないようでした。先に見た看板が川の上にある宿の物であると予想して、私は林の中の泥の道を歩いて行きました。やっとのことで宿にたどり着き川の上に泊まることになりました。朝になってお寺に向かいました。お寺まで6km程ありました。

このような田舎にあるお寺で、私は一週間出家しました。日本人の住職が高僧として活躍されているお寺です。アドバイザーの教授や、博士に勧められ、このお寺を選びました。お寺に入るとアチャン(住職)が信者さんと話をしているところでした。私もアチャンと少し話しをしました。お坊さんが来てお坊さんと話すことになりました。私とお坊さんは一緒に歩きながらお寺を見て回りました。布薩堂や、仏舎利が納められた塔を見せてもらいました。沙弥として出家させてもらえることが決まりお坊さんの部屋に行き、衣と鉢を受け取りました。衣の着方を教わり、十戒などを覚える事になりました。出家時に唱えるパーリ語の文をお坊さんに教えて貰い、私はノートに書き留めました。私が戒律に興味を持っているということで、途中でビデオを見せてもらいました。アチャンと彼の一番弟子が日本で東京から広島まで、頭陀を守りながら歩いて行くというビデオでした。本を何冊も頂いたり、出家中に使う部屋を見せて頂いたりしました。

私はバンコクで用事があったため一度帰らせてもらい、再び荷造りしてカンチャナブリに向かいました。前回と同じように橋の近くでバンを降りました。宿でひたすら暗記を続けました。私はバイクタクシーで市場まで行き、出家の儀式に使う白衣を買い、出発しました。私は寺に着いて髪を剃りました。翌日、暗記した言葉を唱えて出家し、沙弥となりました。出家期間中は、20年近く出家生活されている日本人のお坊さんとよく話をしました。チュラロンコン大学卒業のお坊さんや、アメリカ、韓国、カンボジア、中国、日本、多くの国からの出家者がいました。短期出家している高校生の沙弥達と町へ托鉢に行ったり、道が舗装されていない村で托鉢したりしました。

一週間経ち、私は還俗しました。白衣を着て帰宅しました。一週間の出家生活の後に見たバンコクは、広告や人が多い場所だと感じました。