〈日本から持ってきてよかったもの、あまり必要なかったものについて〉
渡航する2日前からパッキングを始め、お土産や薬などの必要なものは前日及びフライト当日に確保しました。その時は「また何か必要なものを忘れているだろうな…」など漠然と思っていたものの、正直何も必要ないです。何もなさすぎて何を書けばいいのか躊躇するぐらいです。個人的にはカメラと日本語の本は持ってきてよかったと思います。
しかし最近になって自身にとって本当に大切なものを忘れていたことに気づきました。釣り道具と包丁です。ほとんど全てのものがそうだと思うのですが、日本製のものを海外で購入するのは割高になります。釣り道具にしろホーチミンまで行けばシマノやダイワ製品が普通の個人商店にも並ぶのですが、日本での販売価格と比較するとやはり割高になっています。加えて日本で購入すればうけることのできる製品保証も海外では難しいです。私の場合は釣りなのですが、何か強烈な趣味を持つ人が留学にいくのなら「留学は勉学だから」など考えない方が絶対にいいと思いました。その趣味は人それぞれですが、そこでしか出会えない風景、そこでしか出会えない人、そこでしか釣れない魚があります。登山が趣味の人は諸々のギア、絵を描くのが趣味の人は画材一式、サーフィンが趣味の人はサーフボード、ゴルフが趣味の人はゴルフバックごと持っていくべきだと強く訴えたいです。よほど辺鄙な都市に留学しないかぎり今の時代ほとんどの物が揃います。留学前に各々が自身の約11ヶ月を想像し、本当に必要なものは何かを考えれば充実した生活を送ることができると思います。
〈メコン川について〉
私が上記の”本当に必要なもの”を意識するきっかけになったのがメコン川での出来事です。メコン川とはチベット高原に源流を発し、ミャンマー・ラオス国境、タイ、カンボジア、ベトナムをおよそ4200km流れる東南アジア最長の河川です。私はベトナムを含め各国それぞれのメコンを体験しました。そこからは地域によっての生活様式や住居のつくりの違いなどを見てとることができ非常に面白いです。その中でもベトナムのメコン川へ訪れた際の経験が非常に色濃く鮮明な思い出となったのでここでシェアさせていただきます。
私が訪れたのはホーチミン市からバイクでおよそ3時間ほどのカントー市です。その日は当初訪れる予定をしていたRed Sand Dunesに行くには遅すぎる昼過ぎに起床してしまったため仕方なくGoogle Mapで面白そうな場所を検索し、代替地としてメコン川が流れるカントー市に何気なく足を運びました。カントー市に到着したのはすでに陽が傾き始めていた17時過ぎで、メコン川クルーズを体験するべく急いで川沿いの舟屋街へと向かいました。到着した時にはすでに舟屋街は閉まっておりましたが、たまたま一人の酔っ払いおじちゃんと出会い、なぜか舟に乗せてもらうことができました。オレンジ色に染まる空、壮大すぎるメコン川、おじちゃんが無限に注いでくれるビール。その全てが予定外でしたが、美しい風景とメコン川にただひたすらに圧倒され感動しました。私の語学力不足のために何を言っているのかほとんど理解できませんでしたが、おじちゃんの家で夕食を共にすることになりました。メコン川にポツンと浮かぶおじちゃんの家ではなぜかびしょびしょに濡れている犬が迎えてくれました。屋根はあるものの一部壁はなく、床はあるもののトイレなどはなく家と表現するにはあまりにかけはなれているおじちゃんの家でお手製の目が覚めるほど強い酒と鍋料理をいただきました。夕食をいただいた後、釣りをしたいことを伝えると釣り竿とネジ、そして昨晩の残り物を渡されました。私が理解できずに固まっていると昨晩の残り物になぞの粉を振りかけ、川の水を注いでくれました。どうやらこれが魚の餌になるらしく肉や魚の骨、大根やじゃがいも、そして白米の入った謎の残り物を精一杯手でこねること10分。餌へと生まれ変わりました。ネジは糸先に括り付け、オモリへと変身しました。自分は固定概念の中で生きていることをひしひしと感じました。そんなこんなで釣りを始め、30分ほど何のアタリもなかったため夕食で食べていたウインナーを餌にしてみました。するとすぐに今まで体験したことのない強烈な重さが竿にかかりました。私が人生で釣った魚達がかすみに霞むほど強烈な引きで興奮すると同時に、糸先にいるその化け物に対し恐怖をおぼえました。最初のファイトは5分ほどで糸が切れてしまいましたが、胸の高まりと興奮を抑えることが出来ませんでした。因みにですが、メコン川が怪魚の巣であることは釣り師の中では有名な話で、過去には長さ4メートル、重さ300キロのアカエイや長さ2.7メートル、重さ290キロのナマズなどが捕獲されており、もちろん事前知識としてそのことを知っていた私の頭の中は釣りのことしか考えることができなくなりました。
その日は旅の最終日でハノイへ帰るフライトを5時間後に控えた私は、飛行機に乗るために急ぎホーチミンに向け出発する必要がありましたが、選択肢はひとつしかありませんでした。結局その日はおじちゃんの家に泊めてもらうことになり一睡もすることなく釣りをし続けました。前日半日以上かけてカンボジアからバスで入国し、長旅で体は正直かなり疲れていたのですが眠気は一切なくネジとウインナーで釣り続けました。一夜掛け謎の怪物と対峙しましたが四つの仕掛けを全て切られ、針を曲げられなすすべなく完敗でした。結局60センチ程度のナマズを二匹のみ釣り上げておじちゃんにプレゼントしました。悔しさが残る釣果でしたが、釣れてくれなくてよかったとも思います。正直ちょっと怖かったのと、今後の人生の楽しみの一つとして残しておくことが出来たからです。何世紀もの間ここに存在し人々の生活を形成してきたメコン川の歴史と雄大な自然に思いを馳せながらただぼんやりと朝日が登るのを見届けた後、また必ず来ることを伝え、メコン川の上に立つおじちゃんの家を後にしました。
〈追記〉
この日を境に腰の痛みが1ヶ月ほど続いたので先日病院に行くと、ヘルニアとシェイルマン病?と診断されました。
無理はしないに限りますが、心を引く何かと出会ったのなら今後も迷わずにやってみたいと思います。