グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

上海師範大学
2013年11月号 経済学部 H.H

現地の学生、友人について

こちらにいて驚くのは、日本語を勉強している中国人友達の日本語レベルが、とても高いということです。もちろん私が日本人なので、日本語の上手い人と、知り合う確率は高いと思います。ですが、日本への留学経験もなく、大学の数年間の勉強で、日本語を流暢に喋る姿を見ると、私のこれまでの、語学学習への取り組み方を、反省せずにはいられません。

もう一つ印象的なのは、中国人の友達が、日本のアニメや漫画のことを良く知ってる、ということです。何かのきっかけで知り合って、私が日本人だと分かると、「日本の○○のアニメが好きです!」と言ってくれることが多いです。ですが私は、アニメや漫画に疎く、大抵はその作品のタイトルを知っている程度で、深く話せません。ですので、ちょっと申し訳ない気持ちになります。

また以前に一度、中国人の友達に、現地のライブハウスに、連れて行ってもらったことがあります。その時は、学生バンドが5組、出演していたのですが、そのうちの2組が、日本のバンドの曲を演奏していたのが、とても印象に残っています。その場所にいた日本人は、私と、そこで初めて出会った日本人の方との、二人だけでした。もしそこに、二人の日本人がいなくても、彼らは日本の曲を演奏し、日本語で歌っていたわけです。このように、私達の知らないところで、日本の文化が愛されているのを、とても嬉しく感じました。また、文化を通した人々の交流に、国境など存在しないということを、実感した経験でもありました。

 

海外に来て手に入れた、“一番欲しかったもの”

中国への留学を決めた理由のひとつには、中国語そのものへの興味が挙げられます。ですがそれとは別に、海外に行って、今までの自分を変えたかった、というのも大きな理由の一つです。以前の私は、何をするにも、精神的に力んでしまうことが多く、気楽にやれればもっと楽しめるのに、といつも思っていました。ですがこれまでは、そんな自分を変えることが出来ず、とても悶々とした日々を送っていました。つまり、海外に留学することで、今までの凝り固まった、“力み”という名の「行動・思考の癖」を、取り払うことが出来るのでは、と考えたわけです。

実際のところ、私の凝り固まった、“力み”は見事にほぐれ、姿を消しました。中国という土地や文化、人々からの影響ももちろんですが、一緒に過ごしてきた外国人の友達からの影響もとても大きいです。これらの人々に共通していえるのは、日本人と比べて、他人に対してとても寛容だということです。つまり、おそらく私の“力み”とは、いつのまにか私の奥深いところで形成されていた、自分の行動がいつか他人を怒らせてしまうのではないか、という慢性的な恐怖心が、原因だったように思います。

以前のレポートにも書きましたが、日本は非常にルールが多い国です。そして、そのルールを守れなかった人に対して、社会の目も非常に厳しいと感じます。例えば日本では、街中や電車の中で、子供が親に叱られている場面を、頻繁に目にします。私が思うに、頻繁に叱るのは、それだけ“守るべきルール”が多く、また守れなかった時の周囲の反応が、非常に冷たいのです。逆に中国では、子供が親に叱られている場面を見ることは、滅多にありません。子供はとても伸び伸びとしていています。また、そういった中国社会の、寛容的な雰囲気の影響でしょうか、子供が無茶なわがままを言っているところを、見たことがありません。

こうした環境の中で、暮らしていくうちに、私の“力み”が取れてきたのですが、今月はその成果を、はっきりと感じられる出来事がありました。上海師範大学では、年末に「新年晩会」というイベントがあります。これは現地の学生や留学生が、舞台の上で歌やダンス、漫才といった出し物を、クラス単位や集まった仲間で、発表するという、比較的大きな規模のイベントです。私たちのクラスも参加者を募って、ダンスの発表をすることになりました。

以前の私だと、こういったイベントにはあまり参加しませんでした。というのも、練習中から、「真面目にやらなきゃ」「本番はどんなふうになるんだろう?」などと考え、力んでしまって、気楽に楽しめず、ただただ疲れてしまっていたからです。ですが現在、私はクラスのみんなと、ダンスの練習をするのを、心から楽しんでいます。こういった、日々の活動を楽しめる気持ちは、留学によって得られた、大きな大きな宝物です。

様々な国から、上海に集まった仲間たちと、冗談を交え、楽しみながら、一つのものを作り上げてゆく。私が、今まさにしているこの経験は、これまでの人生の中で私が、「欲しかったけれど、ずっと手にすることが出来なかったもの」なんだと思います。だからこそ、今この瞬間に胸が躍り、そして今この瞬間が、愛おしく感じられるのです。