Center for the Promotion of Global Education

グローバル教育推進センター交換留学マンスリーレポート

アリゾナ州立大学
2017年5月号 国際文化学部 M.K

留学を振り返って、この留学をどう活かしたいか

 

この留学では、自分の進みたい道を見つけることができました。

アリゾナ州立大学で、自分が勉強したいと思う分野を発見し、大学院を受験することにしました。実際交換留学生ならば、自分の学びたい分野を留学前に明確にしなければなりませんよね。しかし、私はなんとなくでっち上げていました。自分の少しの憧れと、就職活動に役立ちそうという何とも曖昧な理由で専門を決めていました。アメリカで出会った友達に、よく聞かれるのがWhat is your major? 名前と同じくらい頻繁に訊ねられました。この質問に答えていく度に自分の専門が本当にこれなのか、と自問自答する日々が始まりました。自分はこの先どんな仕事をして、どんな風に一生を過ごしていくのだか。こんなことがずっと頭にありました。自分の将来について本気で考えれたのも私が留学に出発したのが4回生の夏からだったということもあります。自分の同期は就職して、将来が決まっている。周りの人のことばかり気になり、焦燥感に駆られていました。そんな中、いい意味で、アメリカには時間がありました。日々の生活の中で新しい発見があり、自分の今までを振り返り、自分のこれからを考える時間が。さらに、様々な状況に置かれた学生と、自分自身の過去や未来について、たくさん話すことができました。そんな環境に身を置いたことで、自分のこれからについて考えることができました。

 

10か月前、入国審査さえもできないほどの英語力で渡米し、過ごした毎日は、悔しい思いでいっぱいでした。日常会話は慣れても、授業についていくことは本当に大変でした。授業のグループワークで意見を言えず、黙っていたら舌打ちされたり、レポート課題の問題の意味さえわからなくて教授から呆れられたり、、、もちろん非言語を話す私を受け入れてくれた人もたくさんいましたが。母国日本でしか過ごしてこなかった私はマイノリティに属することの大変さを実感しました。そんな中「アメリカ人は、君が英語を喋れるなんて思っていないよ」という言葉に助けられました。確かに、ファーストフード店で働いていたメキシコ系のおばちゃんは完璧な英語を喋れていなかったし、授業中によく発言しているアラブ系の男の子も訛った英語を話していました。アメリカ人は、そんな人々を受け入れている。というより、そんな人がいることが当然だと考えている。アメリカでは英語を正しく話せることが当たり前ではない。ということを再認識し、馬鹿にされそうという理由から、わからないと意思表示をせずに黙り込んでいた日々を悔やみました。私だけが、非ネイティブであることに劣等感を感じ、羞恥心を持っていたのです。

第二言語を話す際、文法の間違いは気になりますし、日常会話ならまだしも、白熱している討論になると、なかなか話に割り込めません。場の雰囲気を読む。日本人なら無意識に意識していることだと思います。それでも、わからないんだ、あんまり英語が得意じゃなくて、と一言意思を伝えるだけで、周りの人は大抵手厚くサポートしてくれました。日本の、“言わなくても誰かが気づいてくれる”世界で生きてきた私にとって、言わないと助けてもらえない環境があることに気づくことができました。

交換留学に応募しようと思っている人へ

3、4回生なら卒業が遅れる、就活に出遅れそうなど、懸念材料がたくさんあるかもしれません。それでも、私は大学四回の後期に出発してよかったと思えます。アリゾナで過ごした10か月を通して、私の考える“普通“が、世の中のどこにもないことに気づきました。10か月前の普通という言葉を多用していた私はもういません。普通であることが美徳とされがちな日本から少し離れてみると、実に様々な発見がありました。

こんな風にマンスリーレポートに自分の意見をかけるようになったのも、留学を経てできるようになったことの一つです。留学前は、意見を述べることで、誰かから反論されることを恐れ、自分の意見を発信できませんでしたから。

 

 

最後になりましたが、

このような機会を与えてくださった龍谷大学、渡米前から留学後までサポートしてくださったしてくださったグローバル推進センターのSさん、ASUの話をしてくださった留学サポートデスクMさん、困ったことがあったらいつも助けてくれていたRさん、ASUで出会った明るく陽気で真面目な友達たち、常に弱い私と向き合ってくれたDちゃん、家族のように温かく接してくれたローナ、そして何よりいつも背中を押してくれている両親に本当に感謝しています。